第1期会長 西川 恵子

 9月20日、分子構造総合討論会と分子科学研究会を母体とする新学会「分子科学会(Japan Society of Molecular Science) 」が発足いたしました。私は、初代の会長を仰せつかりました西川恵子です。

 分子科学は、広く分子および分子集合体の構造・反応・物性を研究する学問分野です。対象とする分子は、単原子・二原子などの簡単な分子から生体分子や高分子におよび、そのおかれる環境も、孤立分子からクラスター、液体・溶液、結晶・薄膜や表面吸着状態、生細胞、さらには高圧下や高温・低温、宇宙空間、強光子場のような極限環境までさまざまです。分子はこれらの環境に応じて多彩な構造、種々の反応、様々な性質を示しますが、それらを量子論的、化学結合論的、統計熱力学的な原理がつらぬいており、対象とする系の階層に応じた法則が存在します。このように、分子科学は、化学・物理学・材料科学は言うに及ばず、生命現象まで含めた物質を扱うすべての科学の基礎と言えましょう。

 分子科学分野に新しい組織を具体化しようと活動が始まりましたのは、両母体の組織の運営に携わっている方々が以下の必要性を長年にわたって感じてきたからです。

  1. 分子科学をさらに振興するための恒常的活動を保証する組織が必要。
  2. 分子科学のプレゼンスを分野の内外に示すことが必要。
  3. 分子科学分野の若手育成のためのホームグランドが必要。
  4. 分子科学分野の発展と共に大きくなった討論会や研究会を恒常的組織として運営し、より高いサービスを提供することが必要。

  恒常的組織を目指した具体的な議論は2年前から始まりました。2つの母体の委員会から委員を出し、まず2つの組織の統合を議論いたしました。討論会参加者および研究会会員の皆様のご意見を伺いながら、委員会の議論の深化と共に、新しい組織は必然的に学会設立を視野に入れたものとなりました。両母体の委員会委員、そして学会化を具体的に議論する設立検討委員会委員が、学会化を目指す活動を皆様にご説明し、ご議論いただき、この活動に賛同していただいた場合発起人になっていただく活動を、本年度5月からスタートさせました。1100名近い方々に賛同していただき、発起人総会にとつながり、冒頭に述べた学会設立にいたりました。

 これまでの活動では、両組織の運営に携わっている者だけの意見ではなく、多くの皆様のご意見を伺いながら議論を深め、活動を具体化していくことに重点を置いてまいりました。分子構造総合討論会の参加者は、この3~4年は1100~1300名、分子科学会の会員はおよそ650名です。学生の皆様の出入りがありますので、1100名近い方々からご賛同いただいたことは、関係者の90%以上の方々から支持を得たと思っております。この皆様のご支持が、学会設立の活動を大きく前進させたといえましょう。厚く御礼申し上げます。

 分子科学会がどのような学会であるべきか、ここに到るまでの多くの議論の中からはっきりしたイメージが出来てきました。そのイメージをまとめると、以下のようになるかと思います。

  1. 質の高い、また本質を深く掘り下げた発表や議論が行われる討論会や研究会を開催し、物質科学の基礎を担う分野として深化・発展すること。
  2. 自由で闊達な雰囲気の討論会や研究会を開催し、外に対しても大きく開かれていること。
  3. 広い分野にまたがる人的ネットワークを構築し、分子科学分野のさらに広い展開を目指すこと。
  4. 若手が分子科学分野に興味を持ち、また、この分野の若手が夢を持って活躍できるような若手育成事業を行うこと。

 このような目的のために、分子構造総合討論会の良き伝統を引き継いだ討論会の開催、分子科学の周辺領域まで含めた深い議論の研究会の開催、電子メールを利用した情報の発信、電子ジャーナルの発行、若手を育成するための種々の行事、顕彰等々をまず具体化することを考えております。

 日本化学会との関係で懸念をお持ちの方も少なからずいらっしゃると思います。ある方が、日本化学会を象に、分子科学会をネズミにたとえました。いいえて妙だと思います。それぞれの規模を考慮した得意な活動があり、役割を分担して、お互いがあい補い合いながら進んでいくべきだと思っております。我々の分子科学会では、学術政策や化学全般にかかわる提言は荷が重過ぎます。しかし、きめ細かい活動で、分野をさらに振興させる活動は、我々の規模の組織が得意とするところです。関連の深いいくつかのディヴィジョンと連携することで、日本化学会とは良い関係を保っていきたいと思っております。

 幹事・運営委員は、発起人総会で皆様に認めていただきました。各種の委員会組織も、できつつあり、これまで議論してきた分子科学会の活動を具体化するグランド造りは着々と進んでおります。このグランドで、実際にプレーしていただくのは会員の皆様です。私たちの先輩の諸先生が作り上げてこられた分子科学をさらに発展させるために、皆様のご協力をお願いいたします。

2006年10月12日

分子科学会 会長 西川 恵子