日程とプログラム
日時:2005年5月21日、22日
場所:岡崎国立共同研究機構コンファレンスセンター
5月21日(金)
10:00−10:10 はじめに
10:10−12:10 セッション・時間分解分光と回折
12:10−13:30 昼休み
13:30−15:30 セッション・生体分子系の電子状態理論
15:30−16:00 休憩
16:00−18:00 セッション・分子デバイス
18:30−20:00 懇親会
5月22日(土)
9:00 −11:00 セッション・極限環境下での分子物性
11:00−11:30 休憩
11:30−13:30 セッション・大気化学と分子科学
13:30−13:40 おわりに
今年の5つのセッションのディスカッションリーダー、講師、セッションの趣旨と内容を以下に示します。(敬称略)
テーマ ディスカッションリーダー
1、時間分解分光と回折 中村 一隆(東工大)
2、生体分子系の電子状態理論 山下晃一(東大)
3、分子デバイス 関一彦(名大)
4、極限環境下での分子物性 森健彦 (東工大)
5、大気化学と分子科学 梶井克純(都立大)
1、時間分解分光と回折
時間分解レーザー分光により化学反応の分子過程がピコ秒・フェムト秒で研究されるようになって久しい。しかしながら、可視・紫外分光測定により直接得られるのは分極率変化などの外殻電子状態の変化であり、構造を決定する核位置情報は間接的に測定しているに過ぎない。これに対して、回折法(電子線回折・X線回折)ではより直接的に分子・結晶構造を決定することができる。最近では、電子線パルスや超短パルスX線を用いることで、光誘起の分子・結晶の構造変化をナノ秒・ピコ秒の時間分解能で直接
的に検出することができるようになってきている。こうした分野の最新の研究成果を紹介して頂くとともに、時間分解回折法と分光法との違いや、電子状態変化と構造変化の時間的な相関について議論を行いたい。
星名賢之助 (東大院・理)
近年、超短パルスレーザー光を用いることによって高速化学反応の実時間観測が試みられるようになった。多くの場合、ポンプ−プローブレーザー分光の手法が用いられており、分子内の核位置情報を回折法により直接追跡し、そのダイナミクスを解明した研究例は極めて少ない。しかし、分子の核位置が分かれば、それは、分子のダイナミクスを「見た」ことに他ならず、分光学的手法と相補的に超高速ダイナミクスを解明することができるはずである。パルス電子回折法は、その最も有力な手法である。電子線の散乱はX線と比較して数桁以上大きく、電子回折法によって回折像の高感度検出が可能となる。また、電子パルスの時間幅で決まる時間分解能は、光電型パルス電子銃の開発および超短パルスレーザー技術の発達により、現在では、サブピコ秒領域に達している。我々は、パルス電子回折法を用いて「光子場と相互作用する瞬間の分子」を高い時間分解能で直接捉える試みを続けている。これまで、光子場強度1012
W/cm2程度の場において分子配向および構造変形の観測を行ってきた。これらの成果を紹介するとともに、時間分解回折法と分子科学研究の今後の展開について議論したい。
腰原伸也 (東工大院・物質科学)
固体内の電子状態やその空間的分布が結晶のメゾスコピックな動的構造変化と強く結合した電子-格子強相関材料、特に有機結晶を用いて、既存材料にはない新規な光電的機能の可能性を開拓しようとする試みが多くのグループによって始められている。この種の物質の特徴は、内在する電子-格子結合や電子相関による強い協同的相互作用によって、物質構造と電子状態の両者が、強い協力的効果を相互に及ぼしあっている点にある。そのような条件のもとでは、光や電場、磁場等の外場によって生成された微量の局所的励起状態が核となって、巨視的な光電的機能に劇的な変化を誘起する可能性がある。そこでは従来、半導体、電導体、誘電体、磁性体など個別材料で扱われてきた多様な機能性が、単独の材料で複合的に発現する、全く新しいタイプの電子材料が登場することも可能となる。実際我々は、電子-格子強相関効果を示す電荷移動錯体結晶群について、光励起条件下で、線形・非線形光学特性、磁性、磁気伝導性、誘電性、強弾性など多角的な物性測定を集中的に行い、これらの物性に従来の予想を超える巨大な光誘起変化が超高速(100ps)で起きることを実証することができた。この光誘起変化では、単一光子によって数100-1000サイトの集団的電子移動が生じ、それに伴って結晶秩序の動的変化が引き起こされる。ここではその典型的な例として、電荷移動錯体テトラチアフルバレンークロラニル(TTF-CA)について、電子-格子強相関効果による新規な光電的機能性発現と、ピコ秒スケールでの動的格子変形の重要性を具体的に報告する。また時間が許せば、分子内変形と電荷秩序が組み合わされた新しい構造相転移を示すEDO-TTF系についても述べる。
2、生体分子系の電子状態理論
佐藤文俊(東京大学生産研究所)タンパク質は、分子の識別を行ったり、デリケートな反応場を提供したりする。一部を取り出したモデルの性質が、もっと複雑なタンパク質全体に対してそのまま成り立つケースは少ないだろう。そこで、当グループでは、アミノ酸残基とヘテロ分子などの金属イオンで同程度の定量性を持ち、かつタンパク質をありのまま扱う量子化学計算による解析手段の開発が欠かせないと考え、大規模分子が扱える密度汎関数法プログラムProteinDFを開発している。これを用いて、初めてタンパク質の全電子計算を行った当時(2000年)は、計算時間も桁違いで、量子化学計算の収束も困難を極めたが、わずか3年の間に、まったく実用的な時間で、それほど試行錯誤することなく達成できるようになった。本講演では、ProteinDFの解説を中心に行う。特に若い参加者の皆様に、これからどのような世界が展望できるか、思いを馳せる機会となれば幸いである。
中野達也(国立医薬品食品衛生研究所)
産業技術総合研究所の北浦らによって開発されたFragment Molecular Orbital (FMO)法は、分子をフラグメントに分割し、フラグメント(モノマー)と全てのフラグメントペア(ダイマー)の計算から、分子全体を計算する近似計算方法である。現在、文部科学省ITプログラム「戦略的基盤ソフトウェアの開発」プロジェクトで開発を行っているab
initio FMO法プログラムABINIT-MPでは、数百残基のタンパク質のMP2計算が可能になっている。講演では、FMO法とその実装系の一つであるABINIT-MPの応用計算事例について紹介したい。
3、分子デバイス
分子スケールの電子デバイスを作る研究が、分子やその集合体を用いての構築(ボトムアップ)と、シリコンデバイス等で発達した微細加工技術(トップダウン)を組合せて推進されている。これらは、通常のデバイスのスケールダウンではなく、(1)
微細デバイスゆえの特徴(電流値の量子化など)、 (2) 分子性物質ゆえの特徴(離散的電子準位など)、(3) 電極との接合が本質的役割を担い、しかもその詳細が未解明なこと、(4)
電子の波動としての性質が現れること、(5) 曖昧さの少ない実験事実の蓄積がいまだに容易でないこと、など、多くの挑戦的な課題がある。この分野の健全な発展には、合成化学、固体物理、物性化学、電子工学、表面界面科学など、広い分野からの人材が、各分野で培われた学問的な厳しさを重んじつつ共同して行くことが必須である。ここでは、理論、実験のエクスパートに、分野の現状と課題を概観し、併せて御自身の研究成果についても御紹介頂く。
塚田捷(早稲田大学理工学研究科)
ナノ電極間を架橋する分子架橋系は、個々の分子を利用する分子エレクトロニクスの基本的な構成単位である。このような系の理論研究の展開を、量子輸送現象を中心に述べる。フェナレニル、テ−プポルフィリン、フラ−レンなどを例にして、透過スペクトルにおける電極との接続構造の影響、内部ループ電流などの話題を紹介する。また、関連する実験研究の現状とこれからの展望を述べる。
小川琢治(分子科学研究所分子スケールナノサイエンスセンター)
単分子を通しての電子輸送は、理論的にも興味深い課題であり、様々な予測や提案がなされている。しかし、その実験は困難であるためそれほど多くの報告がされておらず、またその結果も今の時点では必ずしも理論的な予測と整合性がとれたものにはなっていない。例えば、理論予測では小さな分子を通しての電子輸送は共鳴トンネル的機構であるはずだが、実験では多くの場合クーロンブロッケード現象が見られている。これは、分子と電極の接合が悪く、その接触抵抗が大きいためだと解釈されているが、本当に共有結合が出来ていれば共鳴トンネルが起こるのかどうかは明らかになっていない。信頼性の高い実験結果を得るための様々な試みとその結果について述べる。
4、極限環境下での分子物性
近年の超高圧、強磁場などの極限環境下での実験技術の進歩には著しいものがある。このような極限物性の研究はこれまで主に専門の物性物理の研究者によって推進されて来たが、分子性物質においても、超高圧下における新しい超伝導の発見や強磁
場下における磁場誘起超伝導の発見などが相次ぎ、分子科学と極限物性との接点が脚 光を浴びつつある。ここでは分子性物質に造詣の深い講演者をお招きして最近の展開について御紹介いただくとともに、このような極限環境の利用によってどのような新しい可能性が開けるのか、また物性物理のなかでどのような点が分子性物質に固有なのか、について考えていく。
鹿野田一司 (東大院工)
分子性固体は、無機物質に比べて柔らかい。これは、圧力によって容易に分子の配列を制御し得ることを意味する。固体物理学の基本テーマの一つは、電子物性と電子が走る舞台である格子構造との相関を明かにすることである。圧力環境下での分子性
固体の研究は、固体物理学の重要問題に正に答えを与えようとしている。一方、超高圧下では、有機物としては最高の転移温度を有する超伝導体が見出されている。分子性物質に対する圧力は、系統性においてもセレンディピティーにおいても大いに魅力がある実験手法である。この魅力の現状を紹介し、少しだけ将来に思いを馳せてみ
る。
宇治進也 (ナノマテリアル研)
強磁場下の分子性伝導体分子性伝導体の最大の特徴の一つは、ほぼ理想的な低次元電子系という点にある。一 般に3次元系では、強磁場中で電子軌道はランダウ量子化され、磁場に垂直な面内で
サイクロトロン運動をする。一方、低次元電子系においては、その低次元性故に電子 軌道は磁場中で制約を受けたり、巨視的な数の電子が同一ランダウ準位へと縮退することが容易に起こりうる。この現象に起因する興味ある物性を紹介し、今後の研究の方向性に関して強磁場物理という観点から議論したい。
5、大気化学と分子科学
成層圏オゾン層減少、温室効果気体増加による地球温暖化、大気の酸性化およびオキシダント増加などが大気環境問題として重要である。これらの現象解明を行う学問が大気化学である。大気化学では主に3つの要素がある。1つめは大気反応過程の研究、2つめは対象となる化学物質の大気への放出強度、3つめは大気の輸送過程である。精密な現象解明を行うためにはこれらのプロセス研究の精度を向上させることに尽きる。中でも最も重要と考えられる大気反応の重要な部分は反応動力学、反応素過程、光化学といったいわゆる物理化学の研究が礎をなしている。大気中では太陽光、水蒸気、酸素分子などが豊富なことからさまざまの反応を起こしていると考えられている。光分解が初期過程となるラジカル化学種(例えばOH,
HO2, RO2など)は大気中での存在量は少ないものの極めて高い反応性を有していることとラジカル連鎖反応を通して非常に効率的な反応サイクルを進行させている場合がある。例えば成層圏での塩素ラジカルによるオゾンの破壊過程や、対流圏でのOHラジカルによるオゾンの光化学的な生成過程である。これらのプロセスでは均一な気相反応が重要であると考えられてきたが、最近の研究ではこれに加えてエアロゾルなどが重要な大気反応の反応場であるという認識が出てきた。本シンポジウムでは大気化学の基礎を支えている分子科学の研究を均一反応および不均一反応に分けて以下に示す2つの講演を大気化学のフロンティア研究者に依頼している。
高橋けんし (名古屋大学太陽地球環境研究所)
大気の化学は、大気中の分子の起源、その化学反応による変質と大気中からの除去、大気への蓄積や分布を扱う化学である。窒素と酸素、水蒸気を除いた微量成分の生成と消滅は、太陽光によって駆動される光化学反応過程によって支配されている。講演では、気相均一反応のプロセス研究について、具体例を交えながら紹介する。
廣川淳 (北海道大学地球環境研究科)
大気分子と固体・液体粒子状物質との間の不均一反応は、オゾンホール、酸性雨などの大気環境問題に関わる化学反応過程において重要な役割を果たしている。本講演ではこのような大気中の気相−凝縮相不均一反応に焦点を当て、速度論的な研究の概要を示すとともに、分子レベルでの理解を目指した近年の研究例を紹介する。