日程とプログラム
日時:2005年6月2日,3日
6月2日(金)
10:00-10:10 はじめに
10:10-12:10 セッション1:
クールな原子・分子の科学
12:10-13:30 昼食休憩
13:30-15:30 セッション2:
微小重力化学
15:30-16:00 休憩
16:00-18:00 セッション3:
蛋白質と揺らぎ
18:30-20:00 懇親会
懇親会の詳細(場所等)については,追ってお知らせ致します。
6月3日(土)
8:45-10:45 セッション4:
金属ナノ粒子
10:45-11:15 休憩
11:15-13:15 セッション5:
ディスプレイに役立つ分子たち
13:15-13:20 おわりに
13:00-
分子研オープンハウス
*分子研の研究設備を全体にわたって見学することのできる,絶好の機会です。大学院生及び若手研究者の皆様は,是非分子研オープンハウスにもご参加頂きますよう,お願い致します。
今年の5つのセッションのディスカッションリーダー、講師、セッションの趣旨と内容を以下に示します。(敬称略)
すべてが凍りついた荒涼たる世界という一般的なイメージとは裏腹に、「極低温」の 科学はマクロなサイズで量子性があらわになる奇妙で魅力的な世界である。その典型である、気体のままでマイクロK以下に冷却された原子集団、Bose-Einstein凝縮体(BEC)は、Einsteinの予言から70年以上の時を経て1995年に実現され、以来、物質の波動性をフルに利用する原子波光学へと発展し、現在では固体物性とのクロスオーバーや量子情報への展開が進んでいる。さらに、つい数年前には原子BECからの分子BEC生成が実現し、また、分子自体の並進温度冷却も急速に発達してきており、分子についても極低温の科学が黎明を迎えつつある。このセッションでは、原子BECおよび分子冷却について、それぞれ最先端の研究を進めておられるお二人を講師にお迎えして、理論的背景や実験技術に関して分かりやすく解説いただいた上で、クールな原子・分子の今後の展望について議論したい。
1980年代に飛躍的に発展したレーザー冷却技術の一つの集大成として、1995年に原子気体のボース・アインシュタイン凝縮(BEC)が実現した。気体原子BECは、巨視的なサイズ(10μm〜100μm)を持つコヒーレントな原子波であり、しばしば「原子レーザー」とも呼ばれる。本講演では、レーザー冷却の原理や気体原子BECの生成法といった基本的な話から始め、コヒーレント原子波の織り成す不思議な世界を、超放射光散乱、物質波増幅といった実験を例に挙げながら紹介する。また、フェッシュバッハ共鳴を用いた分子のBECの生成、光格子中のBECのモット転移といった最近のトピックスについても紹介する。
2003年末に、レーザー冷却した原子から2原子分子のBEC状態が共鳴的に生成されたことによって、低温分子の研究においても従来の数Kから一挙にnK領域への突破口が開かれた。この手法で実現される分子は分子種が限定され、また解離極限近傍の超高振動励起状態というかなり特殊なものだが、超伝導・超流動等の極低温物理学の主流分野になろうとしている。一方で、基底状態にある普通の分子を徐々に冷却していって、最終的には量子縮退した分子集団を実現しようとする研究の流れがある。原子と異なり、より多くの内部自由度や空間異方性などの個性に富んだ分子達が、nKに至るまでの途中の温度領域においても、どのような量子現象や量子効果を発現するのかはまったく未知の世界と言える。このように、分子科学的視点に立った立場から、冷たい分子の実験的研究の試みと現状を紹介する。
国際宇宙ステーション(ISS)を利用して、新しい科学の分野を開拓すべく、今各学問領域で検討が進められている。化学の分野においても、研究のシナリオが宇宙航空研究開発機構から発表され、地上研究の公募も開始された。化学は分子・原子を扱う学問なので、基本的に重力は効かない。しかし分子が集合してメゾスコピック系になれば、重力の効果は現れる。そこで、この分野とその周辺が専門の方々にISS計画を知って頂き、積極的に微小重力化学の分野に参入して頂きたいと思っている。今回は、この様なメゾスコピック系の化学の中から、臨界ゆらぎ中のコロイド科学とコロイド結晶の核形成の問題を、微小重力との関連でお話し頂く。
ナノテクノロジーには、マクロスケールのものを小さく加工するトップダウン型技術と、ナノスケールあるいはそれ以下のサイズのものを組み上げてマクロスケールにするボトムアップ型技術とがある。ボトムアップ型技術は、ナノスケールで物質を物理的あるいは化学的に制御して、有用な構造へと自己集積させ、機能を発現させるところに特徴がある。トップダウン型技術が微細化において限界に近づく一方で、ボトムアップ型はほとんどあらゆるスケールのナノマテリアルの利用が可能である。しかしながら、できあがるパターンがあいまいであり、意図する構造を実現する手法としては程遠いのが現実である。ボトムアップ型ナノテクノロジーが発展するためには、精密なパターン形成を可能とする技法が見出される必要がある。本講演では、ナノ粒子の自己集積化を結晶成長プロセスとしてとらえ、その成長ダイナミクスを微小重力環境のメリットを生かして追求することによって、精密製造のための一般的な手法をみいだす取り組みを紹介する。
臨界点近くの流体中には、激しい密度揺らぎが存在する。そのような媒体中に分散されたコロイド粒子の拡散挙動や分散安定性は、揺らぎの影響を強く受けるものと予想され、極めて興味深い研究対象である。しかし、媒体の密度揺らぎ中におけるコロイドの振る舞いに関する研究は、理論的・実験的研究を問わず、一切無い。またコロイドと密度揺らぎは、共に重力の影響を強く受けるため、詳細な実験的研究には微小重力環境の利用が必須である。本講演では、超臨界流体中のコロイド粒子を題材として、微小重力を利用した、新しいコロイド科学の開拓に向けた取り組みを紹介する。
結晶解析で得られる蛋白質の3次元構造はきれいで魅惑的だが、もし動かない蛋白質があれば、それは実際の生命現象の中で機能しないであろう。生体蛋白質が機能する上で、揺らぎが大切ということはしばしば指摘されるが、それをどのように観測して、どのように機能と関連つけるかは、実験的に非常に難しい問題である。最近では1分子観測を通して揺らぎが見えるようになってきたが、種々の制約のために多くの蛋白質への適用はこれからの問題である。ここでは、分光的に揺らぎを検出し機能と関連つけている実験的研究者と、理論的側面から反応中での揺らぎを明らかにしている研究者を交えて、蛋白質の「揺らぎ」がどのように重要なのか、どういう特徴を持っているのかを明らかにする講演を元に、こうした分野に分子科学としてどのような貢献ができるのかと言う問題について議論を行いたい。
蛋白質のX線結晶構造を見ると,分子内の原子は蜜にパッキングして硬い構造のように思える。しかし,場所によっては空隙(キャビティー)が生じ揺らぎの場となる。水溶液中の蛋白質の圧縮率は,分子内キャビティーと分子表面の水和により決定されており,構造の特異性と体積の揺らぎを敏感に反映する。蛋白質の等温圧縮率の測定は難しいが,断熱圧縮率は,音速と密度を正確に測定することにより実験的に決定することができる。これまで多くの球状蛋白質について断熱圧縮率が測定され,種々の構造因子との統計解析やリガンド結合・アミノ酸置換と機能との相関をとおして,機能発現における揺らぎの役割と,揺らぎを指標とした分子設計の道が見えてきた。
蛋白質が機能を発現するためには、アミノ酸の一次配列によって決まる立体構造、電子状態及びダイナミクス(揺らぎ)の3拍子が揃うことが必要である。ダイナミクスがなぜ必要かというと、たとえば、酵素が基質と結合するためには、基質の形状に応じてそれ自身の立体構造を変化させる必要があるからである(induced-fitモデル)。このような蛋白質のダイナミクスを“原子レベルで観察する”手法の一つとして、計算機シミュレーションが有効である。蛋白質や水分子を含む系の全原子に対し、ニュートン方程式を適用し、それらを連立して解くのである。本講演では、生体の中でシグナル伝達を司る光受容体を例として取りあげ、シミュレーションの結果得られた蛋白質の揺らぎの描像と機能との関連について述べる。
金属元素の原子が数個〜数千個集まった集合体はサブナノメートル〜ナノメートル程度の粒子径をもつ。これらを金属ナノ粒子という。金属ナノ粒子はバルクとも原子とも異なる特異な性質を示し、またその構成粒子数(サイズ)によって性質が劇的に変化する。したがって、サイズを揃えた金属ナノ粒子を合成し、その物性や反応性を明らかにすることは、ナノサイエンスの大きな流れの1つである。一方、これら金属ナノ粒子は、ある化合物と特異な親和性を持つことがある。その性質を利用して、金属ナノ粒子のサイズを原子レベルで制御する、あるいは金属ナノ粒子としての性質と化合物の性質を組み合わせることにより、これまでにない新しいマテリアルを創製することが可能である。本テーマでは、原子レベルでのサイズの制御と新物質の開発で研究を進められているお二人に現状についてご講演頂き、金属ナノ粒子の今後の展開について議論したい。
分子状金属錯体よりも1つ上のサイズ階層に属する金属クラスター化合物は、バルク物質や錯体にはない独特な性質を示すことから、次世代マテリアルの素材として有望視されている。しかし、本質的には錯体同様有限の大きさを持つ「分子」であり、表面に露出した原子の割合が大きいことから、近傍界面環境がその光化学的性質や物質変換能(触媒)などの特性を決定づける重要なファクターとなる。本講演では、発光性を有する硫化カドミウムクラスター分子を用いた演者らの研究例を中心に、周辺の化学環境や外部物質との化学的相互作用の影響について議論するとともに、クラスターをビルディングユニットとする超分子集合体の形成やセンシング材料への応用について最近の話題を提供したい。
気相孤立系での実験・理論研究を通して、1nm(数十量体)以下の金属クラスターのサイズ特異性が広く認知され、ナノデバイス・材料の基本構成単位として大きな注目を集めている。しかし、金属クラスターを基盤とするナノ物質を扱う際には原子分解能での精密合成が必須であり、その困難さからいまだ未踏の研究領域と言える。我々は、チオール・ホスフィン・高分子などの有機分子で保護された金属クラスターを化学的に調製し、高分解能サイズ分離と質量分析を駆使してこの課題に取り組んでいる。本講演では、有機保護金属クラスターを精密かつ系統的に合成するための方法論の現状を紹介するとともに、化学修飾による金属クラスターの機能制御の可能性などについて議論したい。
ブラウン管に代わる薄型ディスプレイ市場はLCD(液晶ディスプレイ)、PDP(プラズマディスプレイ)が大型市場を支配しているが、その牙城を巡ってはFED(電界放出ディスプレイ)、SED(表面電界ディスプレイ)、OLED or OEL(有機ELディスプレイ)などが参入をねらい、今や狂想曲の様相を呈している。これらのディスプレイを分子科学の観点から見ると、LCD以外は自発光型であり、蛍光、燐光などの光化学過程を基礎としている。これらの発光材料を励起するための手段によって上述のような区別があるが、性能を決めるファクターの一つが新材料であることは間違いない。講師にはこれら新ディスプレイに役立つ分子をその機能と関連づけて紹介頂き、今後のディスプレイの夢を語り合いたい。
FED(電界放出型ディスプレイ)は,色再現性,高速応答性および低消費電力において優れたフラットパネルディスプレイである。しかし,従来開発されてきたモリブデン微小電子源では,高価格となり,また,技術的に大型化が困難であった。これをブレークスルーする電子放出材料としてカーボンナノチューブ(CNT)が注目されている。CNTは,アスペクト比が大きく先端が鋭い,電気伝導性が良好,表面は化学的に安定,機械的に強靭など電界放出エミッタとして好都合の性質を持つ。CNTからの電子放出について,電界放出顕微鏡法(FEM)および透過電子顕微鏡その場観察(in situ TEM)により明らかになった知見を紹介し,討論する。
0.1ミクロンの有機化合物から構成される薄膜に10V程度の電圧を印加するとミリアンペアに達する電流が流れ,さらに,電子とホールの再結合によって分子励起子が生成され,その励起状態が基底状態に戻る際に光が放射される。光によって有機分子を励起する現象はフォトルミネッセンスとしてよく知られているが,このような電気励起によって有機分子から光を生成する現象のことを“有機エレクトロルミネッセンス(有機EL)”と言う。現在では,無機半導体類似なpn積層構造や三重項励起状態からの発光(リン光)を利用することにより,飛躍的に発光効率が向上した。有機材料が光エレクトロニクス材料として大きな可能性を秘めていることを皆さんと議論していきたい。