第3回 分子科学会シンポジウム 報告
第3回分子科学会シンポジウム、大盛会のうちに終了
平成21年6月12日(土)東京工業大学大岡山キャンパスにて、第3回分子科学会シンポジウムが開催されました。これまでの出席者の2倍以上となった150名を越える方々にご参加頂き、「有機分子の界面 ~電子構造とデバイス~」、「ロドプシンのエネルギー変換と情報変換 ~この魅力的な蛋白質のメカニズムはどこまでわかったのか?~」、「イオン液体の分光とダイナミクス ~低融点な塩の特性をさぐる~」という3つのセッションにおいて、活発な討論が行なわれました。
セッションの企画や進行にご尽力頂いたディスカッションリーダーの先生方、すばらしい講演をしてくださいました講師の先生方、さらに、活発にご発言をいただき議論を盛り上げてくださいました出席者の皆様に、厚く御礼を申し上げます。また、本シンポジウムの運営を御世話頂いた、東京工業大学の実行委員会の先生方と研究室の皆様に感謝申し上げます。
今回の盛り上がりを次回のシンポジウムにも引継ぎ、分子科学の学際的な発展に貢献できるよう努力を続けてまいりたいと思います。今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。
分子科学会 企画委員長
大島 康裕
◆シンポジウム講演会および懇親会の様子
第3回 分子科学会シンポジウム 開催のご案内
分子科学会シンポジウムは、急速に広がっている分子科学のフロンティア領域に注目し、次世代の分子科学の地平を見渡す視点を提供すべく、分子科学会の重要なアクティビティの1つとして企画されているものです。2006年9月の分子科学会発足以来、2007年7月(東京)、2008年5月(大阪)と年1回のペースで開催され、毎回、70名を超える参加者により活発な討論が行われております。
本年度は、東京工業大学の実行委員会の方々にお世話頂いて、下記の様に2008年6月12日に東京工業大学大岡山キャンパスにて開催いたします。第3回目となる今回は、「有機分子の界面 ~電子構造とデバイス~」、「ロドプシンのエネルギー変換と情報変換 ~この魅力的な蛋白質のメカニズムはどこまでわかったのか?~」、「イオン液体の分光とダイナミクス ~低融点な塩の特性をさぐる~」という3つのテーマについて、ディスカッションリーダーの先生の御協力の下、それぞれの研究の最前線を、議論を通じて深める場としたいと思っております。
本シンポジウムは、どなたでも御参加が可能です。登録費は無料となっておりますので、お誘いあわせの上、奮って御参加頂ければ幸いです。参加登録については、参加申し込みボタンをクリックの上、ウェブよりお申し込み下さい。当日の現地での参加登録も可能ですが、人数を把握させていただく上で、事前の御登録にご協力いただきたくお願い申し上げます。
皆様の御参加をお待ちしております。
2009年4月10日
分子科学会
企画委員長 大島康裕
記
日時
2009年6月12日(金)10:00~17:45 (懇親会 18:00より)
場所
東京工業大学 大岡山キャンパス、 大岡山西9号館内 デジタル多目的ホール
会場へのアクセス
共催
東京工業大学理学流動機構
参加費
(1)登録は無料、(2)懇親会(大学食堂2階)は一般3,000円、学生2,000円、当日受付でお願いします。
問い合わせ先
分子科学会企画委員長 大島康裕
〒444-8585 岡崎市明大寺町字西郷中38 分子科学研究所
TEL 0564(55)7430 FAX 0564(54)2254
ohshima[at]ims.ac.jp([at]を @ に変えて下さい)
分子科学会シンポジウム実行委員長 河合明雄
〒152-8551 東京都目黒区大岡山2-12-1 H89
東京工業大学大学院理工学研究科化学専攻
TEL 03(5734)2231 FAX 03(5734)2231
akawai@chem.titech.ac.jp
参加登録(事前登録6月1日まで)
下記の参加申し込みボタンで登録してください。
以下の6項目の入力をお願いします。
(1)氏名、(2)所属、(3)職名または学年、(4)連絡先住所、電話、電子メールアドレス、(5)参加区分、(6)懇親会の参加希望。
シンポジウム案内ポスターはこちらをクリックしてください。
プログラム
3つのテーマに対するセッションは各2時間弱です。内訳は、ディスカッションリーダーによる、セッションの背景と現状についての説明15分程度、講師の方々による講演2件、各25分程度、そして、セッション全体の内容についての質疑・討論が50分程度です。以下にタイムテーブルと概要を示しますので、ご参照ください。
タイムテーブル
- 10:00-10:05 開会の辞
- 10:05-12:00
セッション(1) 有機分子の界面 概要
(石井久夫、上野信雄、平本昌宏) - 12:00-13:20 -お昼休み-
- 13:20-15:15
セッション(2) ロドプシンのエネルギー変換と情報変換 概要
(神取秀樹、神山 勉、林 重彦) - 15:15-15:45 -休憩-
- 15:45-17:40
セッション(3) イオン液体の分光とダイナミクス 概要
(河合明雄、山室修、木村佳文) - 17:40-17:45 閉会の辞
- 18:00-20:00 懇親会
概要
(1) 有機分子の界面
【副題】電子構造とデバイス
ディスカッションリーダー 石井久夫(千葉大学先進科学センター)
【セッション紹介】
有機材料を利用した有機エレクトロニクスでは,電荷の注入や発生など素子動作の鍵を握るプロセスが界面で生じており,界面における電子構造やデバイス物理の解明は応用研究をささえる重要な基礎研究として位置づけられています. 界面の電子構造に関しては,昨年6月末に亡くなられた名古屋大学の関一彦先生が“有機半導体と電極の界面でどのように電子準位が接続するのか?”という電子準位接続問題を世界に先駆けて研究され,界面電気二重層を発見するなど活発な研究を展開されました.本セッションでは,まず,グループリーダーが,関一彦先生の界面電子構造研究の足跡をたどりながら当該分野のこれまでの研究展開を簡単にまとめたのち,電子構造研究の立場から上野信雄先生(千葉大)に“フェルミ準位の一致問題”を中心とした未解決問題を提起していただき,有機デバイス研究の立場から平本昌宏先生(分子研)に有機太陽電池の界面問題を紹介していただいた後,討論を進めてゆきます. 広い分野の参加者のみなさんとの討論を通じて,基本概念の再確認・再構築の可能性をさぐりながら,有機界面の電子論の基礎的解明にむけて議論してゆきたいと思います.
(1)-1 講師:上野信雄(千葉大学大学院融合科学研究科)
「有機デバイス界面の電子準位接続での巨大ミステリー」
統計力学の原理は、有機半導体と金属が接触すると電子系の熱平衡状態では それぞれのフェルミ準位が一致することを要求する。多くの有機/金属界面において有機薄膜にドーピングしていない場合においてもフェルミ準位がHOMO-LUMOギャップの中央よりかなりづれた位置に観測される場合が多い。一方、ドーピングしていなくともペンタセンはp型、C60は n型を示すなど、分子によってp、n特性が決まっているかの様な現象もあり、「HOMO-LUMOギャップ中」に未知の電子準位が存在していることが考えられてきた。また、最近Duhm等は電子系の熱平衡が極薄膜でも成り立っていないことと同義である現象を発表した〔Nature Materials 7, 326 (2008)〕。本講演では、このような電子準位接続におけるミステリーを考察し、その統一的な理解に向けた第一歩、「バンドギャップ中の微少電子準位」の超高感度UPSによる検出について述べる。
- H. Fukagawa, S. Kera, T. Kataoka, S.Hosoumi, Y. Watanabe, K. Kudo, N. Ueno; “The role of the ionization potential in vacuum-level alignment at organic semiconductor interfaces”, Adv. Mater. 2007, 19, 665.
- S. Kera, Y. Yabuuchi, H. Yamane, H. Setoyama, K.K. Okudaira, A. Kahn, N. Ueno; “Impact of an interface dipole layer on molecular level alignment at an organic-conductor interface studied by ultraviolet photoemission spectroscopy”, Phys. Rev. B 2004, 70, 085304.
- T. Sawabe, K. Okamura, T. Sueyoshi, T. Miyamoto, K. Kudo, N. Ueno, M. Nakamura; ” Vertical electrical conduction in pentacene polycrystalline thin films mediated by Au-induced gap states at grain boundaries”, Appl. Phys. A 2009, 95, 225.
(1)-2 講師:平本昌宏(分子科学研究所)
「有機薄膜太陽電池における界面の問題」
有機薄膜太陽電池は、最近変換効率が5%を越え始めており、数年後には10%を越える可能性を持ち始めている。本講演では、低分子蒸着系の有機薄膜太陽電池のp-i-nバルクヘテロ接合における、有機/有機界面のナノ構造制御について解説する。また、有機半導体の超高純度化による効率5.3%の達成、近赤外光領域の利用、開放端電圧を決定する因子、等についても解説する。
- M. Hiramoto, H. Fujiwara, and M. Yokoyama; “p-i-n Like Behavior in Three-layered Organic Solar Cells Having a Co-deposited Interlayer of Pigments”, J. Appl. Phys., 1992, 72(8), 3781.
- M. Hiramoto, T. Yamaga, M. Danno, K. Suemori, Y. Matsumura, and M. Yokoyama; “Design of Nanostructure for Photo-electric Conversion by Organic Vertical Superlattice”, Appl. Phys. Lett., 2006, 88, 213105.
- K. Suemori, T. Miyata, M. Yokoyama, and M. Hiramoto; “Three-layered Organic Solar Cells Incorporating Nanostructure-optimized Phthalocyanine:Fullerene Codeposited Interlayer”, Appl. Phys. Lett., 2005, 86(6), 063509.
(2) ロドプシンのエネルギー変換と情報変換
【副題】この魅力的な蛋白質のメカニズムはどこまでわかったのか?
ディスカッションリーダー 神取秀樹(名古屋工業大学大学院工学研究科)
【セッション紹介】
ロドプシンは、我々の視覚センサーとして光情報変換を担う膜蛋白質である。ある種のバクテリアにも含まれるがこの場合は、光情報変換だけでなく、プロトンポンプやクロライドポンプとして光エネルギー変換にも利用される。最も理解の進んだプロトンポンプとして有名なバクテリオロドプシンなどロドプシンは、波長制御機構や超高速異性化反応、プロトン移動反応の連鎖による濃度勾配に逆らった輸送など、分子科学的課題の宝庫である。本セッションでは、ロドプシンの構造生物学的研究、理論化学的研究で世界をリードする神山先生、林先生とともに、この魅力的な蛋白質のメカニズムがどこまでわかったのか、どこまでわかることができるのか、議論したいと考えている。
(2)-1 講師:神山 勉(名古屋大学大学院理学研究科)
「ロドプシンのエネルギー変換と情報変換:構造生物学的解析の現状と展望」
膜タンパク質の結晶化は難しいとされているが、そのような状況にあって、7回膜貫通型レチナール結合タンパク質(=ロドプシン群タンパク質)の結晶構造解析の進展は著しく、今までに、バクテリオロドプシンなど光駆動プロトンポンプ4種類、光駆動塩素イオンポンプ2種類、細菌の光センサー2種類、視物質2種類、計10種類の立体構造が求められている。本講演では、演者らが進めてきたロドプシン群タンパク質(5種類)の結晶構造解析を中心に紹介し、それらの研究で得られた構造情報を基に、ロドプシン群タンパク質によるエネルギー変換と情報変換の仕組みについて考察する。
- M. Murakami and T. Kouyama; “Crystal structure of squid rhodopsin”, Nature 2008, 453, 363.
- K. Yoshimura and T. Kouyama; “Structural role of bacterioruberin in the trimeric structure of archaerhodopsin-2”, J. Mol. Biol. 2008, 375,1267.
- 神山勉;「光駆動プロトンポンプの4次元結晶構造解析」、日本結晶学会誌 2006, 48, 359.
(2)-2 講師:林 重彦(京都大学大学院理学研究科)
「ロドプシンのエネルギー変換と情報変換:理論化学的解析の現状と展望」
ロドプシンタンパク質の初期光化学反応の分子機構に関する最近の我々の研究の紹介を中心に、今後のロドプシン研究における理論計算の展望について議論したい。ロドプシンタンパク質の機能発現は、発色団であるレチナール分子の超高速光異性化反応により誘起される。我々は、ハイブリッド型の量子化学/分子動力学シミュレーションを用いて、視物質ロドプシンとプロトンポンプであるバクテリオロドプシンの光異性化反応の酵素活性化機構の間に顕著な違いがあることを見出した。また、光アンテナ分子であるカロテノイドを持つキサントロドプシンにおける、カロテノイド-レチナール間の励起移動過程に関する最近の研究結果についても紹介したい。
- S. Hayashi, E. Tajkhoshid, and K. Schulten; “Structural changes during the formation of early intermediates in the bacteriorhodopsin photocycle”, Biophys. J. 2008, 83, 1281.
- S. Hayashi, E. Tajkhoshid, H. Kandori, and K. Schulten; “Role of hydrogen-bond network in energy storage of bacteriorhodopsin’s light driven proton pump revealed by ab initio normal mode analysis”, J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 10516.
- S. Hayashi, E. Tajkhoshid, and K. Schulten; “Photochemical reaction dynamics of the primary event of vision studied by means of a hybrid molecular simulation”, Biophys. J., 2009, 96, 403.
(3) イオン液体の分光とダイナミクス
【副題】低融点な塩の特性をさぐる
ディスカッションリーダー 河合明雄(東京工業大学大学院理工学研究科)
【セッション紹介】
塩は多くの人にとって固体との先入観がある物質であろう。しかしこの通念は、20世紀終盤に破られることになった。例えばWilkesらは、イミダゾリウム化合物の塩が室温で液体かつ潮解性が無いことを発見し、これらの物質はイオン液体として広く注目されることになった。この液体は数々のユニークな性質を有するため、応用面の研究者たちが実用的研究を先行させている。イオン液体の基礎研究に関しては、これまで人類が親しんだ水や有機溶媒と比べてどう異なるかという疑問が起っており、分子科学研究者の出番が多いと思われる。なぜ低融点か、なぜ気化しないか、表面の構造、溶媒和機構、粘性と分子拡散の関係、など解決すべき問題は多く、このような疑問に丁寧に答える作業に分子科学研究者が取り組んでいる。本セッションでは、先端的観測技術を駆使している研究者の中から、(1)中性子散乱の山室先生、(2)レーザー分光の木村先生をお招きし、イオン液体に対する分光やダイナミクスの研究を紹介していただく予定である。先生方の講演内容を材料にイオン液体の特異性を認識し、どのような問題やその解決法があるかを議論したい。また新しい物質に対して分子科学がどのように取り組んでいけばよいのかなど、広い視点での議論も期待したい。
(3)-1 講師:山室 修(東京大学物性研究所)
「中性子散乱で見るイオン液体の階層的ダイナミクス」
イオン液体の大きな特徴は、その構造およびダイナミクスにおける階層性である。代表的なアルキルイミダゾリウム系やアルキルアンモニウム系のイオン液体では、アルキル基のコンフォメーション、イオンの配向や重心の相対配置に加えて、ナノメーターサイズの中性およびイオン性のドメインが構造を特徴づけている。また、それらの構造は室温でピコ秒からマイクロ秒の広い時間スケールで揺らいでいる。このような構造とダイナミクスが、イオン液体の低融点だけでなく、特異的な粘性やガラス転移を支配していると考えられている。講演者のグループはこの数年間、様々なイオン液体の中性子散乱実験を行い、この階層的ダイナミクスを研究してきた。講演では、これまでの結果を概観するとともに、化学分野では未だあまり一般的でない中性子散乱法の原理についても述べたい。
- O. Yamamuro, Y. Minamimoto, Y. Inamura, S. Hayashi, and H. Hamaguchi; “Heat capacity and glass transition of an ionic liquid 1-butyl-3-methylimidazolium chloride”, Chem. Phys. Lett., 2006, 423, 371.
- Y. Inamura, O. Yamamuro, S. Hayashi and H. Hamaguchi; “Dynamics structure of a room-temperature ionic liquid bmimCl”, Physica B, 2006, 385-386, 732.
- 山室 修, 守屋 映祐, 稲村 泰弘 “イオン液体のガラス転移と低エネルギー励起” 熱測定 2007, 34, 120.
(3)-2 講師:木村佳文(京都大学大学院理学研究科)
「イオン液体の揺らぎと光化学反応」
カチオンとアニオンから構成されるイオン液体は、電荷の分布や構成分子の構造異性などにより不均一な構造をもつことが知られている。これまでに誘電緩和、構造緩和や溶媒和ダイナミクスなどの研究により、イオン液体のもつ特徴的な揺らぎのダイナミクスが明らかにされてきた。一方でイオン液体のもつこのような揺らぎが、イオン液体中の化学反応とどのように関わっているのかという問題に対してはまだ十分な回答は与えられていない。本講演では、高速電子移動反応などの最近の研究例とともに、我々がおこなった励起状態プロトン移動反応の研究例を紹介し、揺らぎと反応とのかかわりについて議論を行う。
- S. Arzhantsev, H. Jin, G. A. Baker, and M. Maroncelli; “Measurements of the complete solvation response in ionic liquids”, J. Phys. Chem. B, 2007, 111, 4978.
- C. Daguenet, P. J. Dyson, I. Krossing, A. Oleinikova J. Slattery, C. Wakai, and H. Weingartner; “Dielectric response of imidazolium-based room-temperature ionic liquids”, J. Phys. Chem. B, 2006, 110, 12682.
- M. Fukuda, M. Terazima, and Y. Kimura; “Sound velocity dispersion in room temperature ionic liquids studied using the transient grating method”, J. Chem. Phys. 2008, 128, 114508.
- Y. Nagasawa, T. Itoh, M. Yasuda, Y. Ishibashi, S. Ito and H. Miyasaka; “Ultrafast Charge Transfer Process of 9,9 ‘-Bianthryl in Imidazolium Ionic Liquids”, J. Phys. Chem. B, 2008, 112, 15758.
- M. Fukuda, M. Terazima, and Y. Kimura; “Study on the excited state intramolecular proton transfer of 4 ‘-N,N-diethylamino-3-hydroxy flavone in imidazolium-based room temperature ionic liquids”, Chem. Phys. Lett. 2008, 463, 364.